江ノ島で福を拾う

江ノ電を降り、江ノ島をめざして歩き出してすぐ、男物の黒い財布を拾った。中をのぞくとかなりの金額が入っている。辺りを見回してみる。寒の戻りの冷たい風と、今にも降りだしそうな天候のせいか通行人は少ない。

少しの間、落とし主が探しに来るのを待っていたがその様子もない。じっと立っていると体の芯から冷えてくるので、近くにある交番をめざした。

玄関をあける前にもう一度周囲を見たがそれらしい人はいない。中に入ってカウンター越しに声をかけると奥から中年の警察官が姿を現した。事情を話すとイスをすすめられた。

書類が用意され、拾った時間、場所、私の住所、氏名、電話番号などを聞かれる。ひと通り記入が終わり、「金額を確認しますので一緒にみてください。」と、警官。

万札から始まりカウンターの上に整然と並べられ、金額確認欄に署名を求められた。ときどき、ネコババ警官が問題になるのでその対策なのだろう。

合計金額は10万近くあった。
(落とし主は青くなっているだろうな…。)

それでは、と腰を浮かしかけたが止められた。
「一応、カード類も確認しますので一緒にお願いします。」
(エーッ、カードも?)

家を出たのが昼過ぎだったので、もう2時を回ろうとしている。グズグズしていたら日が暮れてしまう。

そんなことにもお構いなしにカードの確認をゆっくりと始めた。
最近はクレジットカードだけでなくポイントカード類も結構な枚数持っていますよね。それを1枚1枚私に見せて確認しながら書類に記入してゆくんです。そりゃぁ、事が事だけに仕方ありませんが……。(^^;)

ガソリンスタンドのカードを記入しながら、「ここは私も利用してましてね、他よりチョット安いんですよ。」と、おまわりさん。

(そんなことより、カード会社に照会すれば落とし主にすぐに連絡つけられそうなものだろうになぁ。)なんて思いながらも、
「へぇー、そうなんですか。」なんて相槌を打っていると、窓ガラス越しにこちらを覗き込む人影が見えた。

そして中年男性がドアを開け、指差しながら入ってきた。
「あった!それ、わたしのです!」
あとに続いて奥さんらしき女性と2人の子どもが入ってきて、部屋の隅にかたまるように立った。

警官と落とし主の間で本人確認のための質問が始まった。神妙なおももちで答えている父親と横に立っている母親を不安そうに交互に見やる上の娘、3,4歳くらいの下の子は母親の脚にしがみついている。

いろいろ聞かれた後に本人と確認できたようなので、「それじゃ私らは。」と、席を立ったがまたもや止められた。

「あの、まだなにか?」
私も妻も空腹だった。江ノ島に着いたらまず昼食をとり、それから歩き回るつもりでいたのだ。

「拾得物に対する謝礼についての説明をさせていただきます。規則ですので。」

内容を要約すると、拾い主には5~20%の金額をもらえる権利があるのでどうしますか、ということだった。

「要りません。」

「と、いうことは権利を放棄されるということですか?」

「そうです。」

「いけません、そんな!」と、奥さんが口を挟んだ。

「いいんですよ。困ったときはお互い様ですから。」

「ではその旨を記入していただき、署名をお願いします。」

(やれやれ、また書類か…。面倒なもんだなぁ。)
すべての記入が済んでやっと放免された。(笑)

外に出てみると、先ほどよりさらに風は冷たく、時折ポツンと雨が落ちだしてきた。見上げると暗い鉛色の空をトンビが数羽、風に乗って飛び回っている。

国道下の地下道を抜け、島に続く道を妻と並んで歩き始める。

「ウッカリ財布に変なもの入れておかれないなぁ。」
「変なものって?」
「たとえばキャバクラ嬢の名刺なんかウッカリ入れてたら、それまで書類に書かれちゃうじゃない。」
「あなたの財布にもたまに入っているわけ?」

冗談のつもりだったのに、やぶヘビになってしまった(笑

温かい蕎麦でも食べて早々に引き上げようか、などと話しながら歩いていると
「スミマセ~ン!」と背後から女性の声。

振り返ると奥さんが息を切らして追いついてきた。
「ホントに助かりました!気持ちだけ受け取ってください!」

一礼するとなにやら白いものを私の手に握らせ、すごい勢いで駆け戻ってゆく。

それは折りたたんだティッシュだった。
開いてみると現金が入れてある。

追いかけようとする私の袖を妻がつかんだ。
「もらってあげたら? 江ノ島で福を拾ったと思って。」

拾った福はまもなく伊勢海老に変身し、私たちはハッピーなランチを頂くことになった。

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